fin



 ダリが発する火炎の熱量は、ユギにひしひしと届いていた。肌を焦がす熱気はピリピリとした痛みを発生させる。それが堪えたのだろうか、ユギは僅かに呻いた。

「あいつはまだ十歳なんだぞ、どうしてあんな目に遭わせたんだ」

 答えろよ。
 言い終えると同時に、ダリは炎を跡形もなく消し去った。強かな温もりが最初から存在しなかったかのように忽然と姿を消し、ユギは面食らう。
 しかし瞬時に落ち着きを取り戻すと、ため息を吐いた。そしてふっとダリを見つめる。ユギの眼は、彼に対する同情の色を漂わせていた。

「十歳だろうが黒兎は黒兎だ」

 立ち上がり、ゆっくりと歩を進める。行く先はダリの真横。自分より高い身長の彼を見上げ、再度ため息を一つ。

「地獄は先に見ておいた方がいい。黒兎(わたしたち)はそういう存在なのだと、認識させた方があいつのためになる。そんなこともわからないのか、恥を知れ」

 淡々とした口調で一気に言い切ると、ユギは黒衣のポケットに手を突っ込んで椅子へと戻っていく。
 ダリは俯く。納得がいかないが、否定しきれなかった。それがたまらなく悔しさを感じさせる。

「……ふざけんなよ……」

 思いを堪えきらずに口から飛び出した悔し紛れの言葉はユギの耳に届くこともなく、ゆらゆらと揺れる煙のように空気に溶けていった。

 白いカーテンが揺らいでいた。瓦礫や埃が掃除されているのだろう、この部屋は清潔感をまとっている。部屋の至るところには既知感のある果実や、逆に全く見たことがない植物がガラスケースに保存されていた。
 そこにいるイユは丸椅子に膝を抱えて座り込んでいる。尻尾で床を蹴ると、視界は目まぐるしく回転を始める。
 その行為を何度か行った後に、この部屋の主であるリラに視線を向けた。

「教えてほしい」

 真摯に問われ、リラは困惑した様子でまばたきをする。

「えっと……何をかな?」

 問い返せば、目の前の彼は少しだけ下を向いて、考え込む素振りをみせてくれる。

「オレンジ色のユリ」
「ユリ?」

 イユはゆっくり花の種類と色を答えると、回答を待ち望む姿勢でこちらを見据えていた。ユリ、と繰り返すと彼は頷いて、それから再び下を向く。

「の、……えっと、……言葉」
「ああ、花言葉だね。そうだなあ……」

 花言葉という単語を知らなかったのだろう、口ごもりながらもはっきりと言い張った彼に仄かに意地らしさを感じながら、リラは思考を巡らせる。
 食べることにしか関心がない彼が花に興味を示すだなんて、随分と珍しいなあと思いながら。

「オレンジのユリの花言葉は、軽率、華麗、愉快だよ」
「軽率、華麗、愉快……」

 おうむ返しをするイユに向かって頷くと、彼女は微笑んだ。しかしはっとした表情になると、小声で「これは西洋でだけなんだけど」と呟く。
 イユははっきりと聞き取るために耳を立てる。リラがやけに神妙な顔をしているのが、やけに気になっていた。

「……憎悪って意味もあるの。あんまり良い意味じゃないから、知っている人は少ないけどね」

 あはは、と乾いた笑い声を出すと、彼女は耳を僅かに下げた。
 イユは何も言わなかった。

 病人を寝かせておく空き部屋で、ギルは目を覚ました。目覚めた直後は状況が理解できないらしく、辺りを何度も見回すと左手でまぶたを幾度も擦った。
 整えられている此処は塵一つない。白いベッドが幾重も並べられているだけで、それ以外には何も置かれていない。
 その白いベッドのうちの一つに横たわっていた彼はゆっくりと体を起こすと、意識せずに胸ポケットへと手を移動させていた。けれどそこにあったユリの花は、イユが彼を担いだ際に地面へ落ちてしまった。そのため、ポケットには何も入っていなかった。
 ギルはしばらくの間ぼんやりと壁を見つめているばかりであったが、気を失うより前の出来事を思い出すと唇を噛んで下を向く。耐えきれず溢れだした涙は、両手で掴んだ上布団に透明色のシミを残していった。

「ボクたちじゃ、ないのに……」

 降りかかった冤罪を静かに否定すると、彼は耳を垂れる。
 少年は驚くほどに無垢だった。純粋で、全てのものが報われると信じきっていた。

「……ちがう、のに」

 その言葉を最後に、ギルは布団に顔を埋めるとしゃくりあげて泣き出した。
 もしかしたら、兄や姉と慕っている黒兎の誰かが何らかの理由で彼女の父親を手にかけたのかも知れない。そう思っても、それを信じたくなかった。あの人達はそんなことを絶対にしないと信じたかった。
 だから否定するしかなかった。自分達は断じてそんなことをしていないと、亡き者になってしまった少女へ向けて訴えるしかなかった。
 それ以外の方法を彼は知らない。それほどまでに彼は若く、無知で、少年だった。





2014/08/15







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